「給与のデジタル払い」が年度内にも解禁?
ディアパートナー行政書士・FP事務所 代表 瀧澤です。給与のデジタル払いが年度内にも解禁されるかもしれません。
給与のデジタル払いとは?
給与は労働者の生活にとって大切なものであるため、労働基準法では、①通貨で ②直接労働者に ③全額を ④毎月1回以上 ⑤一定の期日を定めて支払わなければならない、と定められており、これを「賃金支払いの5原則」といいます。
②の「直接労働者に」とは、労働者に紙幣や硬貨を手渡す「現金払い」を定めたものですが、同法施行規則では労働者の同意があれば銀行口座や証券口座などに振り込むことが例外的に認められており、一般的には銀行振り込みが利用されています。
近年、電子決済と言われる電子マネーや「○○ペイ」などのコード決済が広く使われるようになっています。このような銀行口座を介さず、電子決済の方法によりデジタルマネーで給与を支払うことを「給与のデジタル払い」と言います。
デジタル払いの詳細については、厚生労働省の労働政策審議会(労働条件分科会)で議論されており、政府は今年度中の導入を目指しています。
詳しい支払方法は決定していませんが、「資金移動業者(銀行等以外で為替取引を業として行うもの)」が発行する「ペイロールカード」という給与振込用のプリペイドカードに直接給与を支給する案が浮上しています。
デジタル払いが行われるようになった場合、「自身が利用するコード決済のアカウントに賃金の一部を振り込むことを検討するか」というアンケートの問いに、約40%の人が「検討する」と答えたアンケート調査結果もあります。この結果からも、給与のデジタル払いについては一定のニーズがあることが読み取れます。
なお、給与以外の従業員への支払いではデジタル払いが既に利用され始めています。ヤフーでは、2021年2月に「働く環境応援資金」として5万円分のPayPay残高を全社員に付与することを発表しました。また、マネーフォワードなどのサービスを利用して、経費精算にデジタルマネーを導入している会社も出てきており、業務効率化や振込手数料削減が図られています。
ペイロールカードとは?
ペイロールカードとは、給与支払い用のプリペイドカードです。労働者が現金や口座振替、クレジットカードによってチャージするのではなく、会社から給与がペイロールカードに振り込まれます。残高がいったんゼロになっても、会社がまた振り込むことで何度でも利用できます。
アメリカでは預金口座を開設できない人が一定程度いることや小切手支払いが多かったことからペイロールカードの普及が広がっており、VISAやMasterなどのブランド付きのカードもあります。
日本での詳細は決まっていませんが、資金移動業者がカードの発行・残高管理を行い、労働者はカードにデジタルマネーをチャージしたり、ATMで現金を下ろしたり、といった形で利用することが想定されています。
デジタル払い導入のメリット
給与のデジタル払いによってデジタルマネーへのチャージが容易になり、利便性の向上が期待できます。
例えば、外国人が日本で銀行預金口座をつくるのはハードルが高く、働いて本国に送金したい外国人の支障になっていると言われています。給与のデジタル払いが可能になれば海外送金を簡単に行えるようになり、外国人労働者や留学生にとって利便性の向上につながります。
毎月現金をATMで引き出してデジタルマネーにチャージしている人にとっては、現金を引き出さなくてもデジタル払いされた給与の一部をスマートフォンなどで直接チャージすることができ、手間が大幅に軽減されることになります。
電子決済業者がデジタルマネーの利用を促すために、チャージや利用によるポイント還元を増やすことも予想され、節約につなげることもできそうです。
また、デジタル払いされた給与を最低月1回は無料で現金化できる仕組みも導入される見込みで、現在ATM利用料を支払って出金している人にとってはメリットになります。
もし、給与のデジタル払いの業務が現状の銀行振込の業務よりも大幅に簡素化され振込手数料も削減されれば、会社によっては月1回の給与支給日に加え、デジタル払いの支給日が複数設定される可能性もあります。
そうなれば、給与を早く受け取れるようになり、アルバイトやフリーランスなど非正規労働者にとってもメリットがありそうです。
安全性は大丈夫?
銀行預金の場合、口座から第三者が勝手に預金を引き出すことは難しく、もし不正利用があった場合でも預金者保護法の規定によって、利用者に過失がなければ全額が返金されます。
また、仮に銀行が破綻した場合でも預金保険制度によって原則元本1千万円とその利息までは保護されます。給与として振り込まれたお金を労働者が使えなくなり生活に困ることがないよう、強く保護されています。
しかし、電子決済を扱う業者は「資金移動業者」であり、銀行と同様の法律は適用されないため、給与のデジタル払い導入にあたり、安全性をどのように担保するかが課題です。
なりすましやフィッシング等による不正引き出しがあれば全額補償を行うことや、電子決済業者が破綻した場合に第三者である保証機関が口座残高の一定額(最大100万円)を早期に支払うことなどが検討されています。これらの要件を満たした資金移動業者のみが、デジタル払いを認められることになります。
また、希望していない人までデジタル払いを強制されることがないよう、労働者の同意を必要とすることも盛り込まれる見込みです。
メリットも多くあるデジタル払いですが、制度の運用や資産の安全性については、まだ不透明な部分が多くあります。制度が解禁された場合も、利用方法や安全性をしっかりと確認したうえで利用を検討しましょう。
※出典:日本FP協会「いまどきウォッチング」